VATE:それでどうだったんですか?
それが家族は誰も反対しなかったんですよ(笑)。いや、それってチャンスじゃんみたいに言われて(笑)。
VATE:理解のあるご家族ですね(笑)。
まぁなので、きっとこれは何かあるんだろうなと思って行くことに決めまして。
VATE:大阪はどんな組織だったんですか?
大阪はエンジニアが主体の組織だったんですが、東京ってエンジニアの奪い合いなんですよ。何か作りたくてもリソースが足りないから作れないみたいなことが多くて。でも大阪に行ったらエンジニアがたくさんいる。当時アジャイル開発が広まり始めたところで、これからスマートフォンアプリが中心になっていくと思っている時にエンジニアが主体的にアジャイルで作れるのが正しいと思っていたので、それが出来るんだったら面白そうだなと。
VATE:大阪に移られてまず何をされましたか?
自分たちの努力で新サービスを作って10数億くらいの利益規模にするという宣言をしたんですね。新規事業といくつか東京から移管したサービスを運営して。新規事業のチームはもうひたすらアイデアを出してスクラップアンドビルドするみたいなことを半年ぐらいやってました。
VATE:事業としてはいかがでしたか?
なかなかね、1年で利益数億とかってやっぱり無理なんですよ。ひとつのサービスも5年ぐらいかけて育てないと利益は出せないので。ただエンジニアがいるので、社内では僕らは何でも出来ますよアピールだけはして大きいサービスを移管しようって事になりました。
VATE:どんなサービスですか?
いくつか選択肢があったんですが、とりあえず一番でかいのを選ぼうと(笑)。僕自身は社会貢献をやっていたので、防災とかね。そういうものに詳しいわけですよ。なので天気と災害と防災は大阪でやるという風に決めまして。
VATE:それはすごい。
当時はYahoo!天気なんて僕らに出来るのか?みたいな感じだったんですけど、絶対に成功させようと。そうすれば大阪が社内でも一目置かれるような存在になるはずだし、実際事業を成功させるまでには時間がかかったんですけど、当時スマートフォンアプリ全盛期でヤフーもそこに行かなきゃいけないっていう時に、天気はまだまだアプリが弱かったんですね。
VATE:なるほど。
なので、天気のアプリをリニューアルしようと。半年でやろうと決めてやってみたんですけど、なかなかうまくいかずに失敗したんです。それでもう1回やり直して今度は夏までに作ろうと。
VATE:やり直しってすごい決断ですね。それでどうなったんですか?
ようやく自分たちが納得するものが出来て。リリースしたらめちゃくちゃ伸びたんですよ。本当にどこに行ってもみんな天気のアプリを触って、雨雲レーダーを見てるみたいなことになって。