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VATE:寄付をしようにも器がなかったらやりようもないですよね。

 

神社に行っても賽銭箱がないみたいなね。僕がやったのは本当に地震が起きて日本中やばいという時に、皆さんの目に映るところに募金箱を置いたという、本当にシンプルにただそれだけなんです。

 

VATE:あの当時はみんなが何かしないとって思ってましたよね。

 

人々が共感したり、お金が集まったり、実際に世の中の為になるというのにこれだけ力があるんだって驚きましたね。僕の中で人生としても仕事のやり方にしても転機になったと思います。

 

VATE:主流じゃないところで積み上げてきたものが、社会的に大きなインパクトになりましたね。

 

そうですね。それと同時に社内でも突然存在感が大きくなったので、僕自身もリーダーとしての振る舞いみたいなことを勉強しないといけなくて。なので、自分の振る舞いをいろいろと見直しました。社内を堂々と歩くとか、ゆっくり歩くとか(笑)。

 

VATE:自分が人からどう見えるかという事を考えられたんですね。

 

リーダーとして社内での見られ方とか、プレゼンスも大事だなと。そういうのって呪文だと思うんですよね。

 

VATE:呪文ですか。

 

当時はメール文化だったのですが、メールを送るときに「お疲れ様です。宮内です。」って書いてたんですけど、逆にしようと思ったんです。「宮内です。お疲れ様です。」という風に。ひとつのサービスで十数億円の寄付が集まって日本中が驚いた。そういう感じになってる時に僕を知らない社内の人っていないよね?ぐらいの設定をして。人の上に立つとそういう呪文とかね、自分で自分の自信を作るみたいなことも社内でのサービスを育てていくためには必要だと思いましたね。

 

VATE:ヤフーにはどれくらいおられたんですか?

 

15年いました。3.11から1年後に会社の体制が変わったんですよね。当時、井上雅博さんという方が創業から10数年社長をやってらしたんですけど、それが今は東京都副知事をされてる宮坂学さんになりまして、会社の空気が全く変わったんですね。社会課題を解決していくのがヤフーの使命というか。なので、自分の関わっているものが主流っぽい感じになり、気が付いたら2階級特進で本部長になったんです。

 

VATE:本部長は長くされてたんですか?

 

本部長って大体3年ぐらいでスイッチするんですよ。僕の場合はそのタイミングで後継者作りも一段落したんで、次は何しようねって思っている時に「大阪に行かないか?」って突然言われたんです。大阪に親戚もいないんですけど(笑)。

 

VATE:なぜまた大阪に。

 

3.11の時にね、50人ぐらいエンジニアを雇ってたんですよ。ある意味BCP(事業継続計画)の為に雇ったんですけど、それがやっぱり東京からの受託みたいな形になってたので、ちゃんとした支社じゃないですけど、自分たちでサービスを作りたいんでそれを取り纏められる役割が必要だから、宮内さん行かないか?って言われて。

 

VATE:なるほど。

 

でも最初は断ったんですよ、単身赴任になるから。やっぱり家族と一緒にいるのが大事だと思ったんです。それで一応家族に相談して。